これは、とあるバラエティ番組に出演していたグアテマラ人のおっちゃんに感銘を受け、初めての海外一人旅でグアテマラに行ってしまった女子大生の旅立ちの記録。
もくじ
旅のきっかけ
出発の日から、さかのぼること半年前。
大学二年生だったわたしはその日、とあるバラエティ番組を見ていた。その番組は、日本に憧れを抱いている外国人を日本に招待して、彼らに密着取材をする番組だった。世界に誇れるスゴイ日本を賛美しようという番組意図をうっすらと感じて、わたしはやや冷めた気分で眺めていた。その日の放送回は、グアテマラという国からやってきたおじさんが出演していた。
グアテマラ。
グアテマラときいて真っ先に思い浮かべるのはコーヒーだろうか。中米の国ということは漠然と知っていたが、それ以上のことは分からない。
念願の日本にやってきたグアテマラのおじさんは、これでもかというほどはしゃいでいた。訪れた先々で心を躍らせ、出会った人々に感謝を告げる。何度も何度も「ありがとう」と口にする。イイ話ダナ〜で終わる、ありがちな展開だったのだが……
グアテマラのおっちゃん、めっちゃ良い人じゃん…!
斜に構えて観ていたはずの番組にすっかり魅入ってしまったわたしは、どういうわけか異様なほど感動していた。日本のスバラシサに感動したのではない。おっちゃんの善性のようなものに惹かれたのだと思う。
グアテマラのおっちゃんは良い人=グアテマラは良い国
あまりに安直な思考のもと、わたしはTwitterを開くと一言だけツイートした。
「こんどの旅はグアテマラにするわ!」
そして翌日、再びTwitterを確認すると、そのツイートには思いのほかたくさんの「いいね」がきていた。何事も時間を置いてみると、冷静に考えられるものだ。グアテマラのおっちゃんに感激して、衝動的にツイートしてしまったことをわたしは後悔した。
これでグアテマラに行かなかったら、ダサくない…?
分かっている。わたしがグアテマラに行こうと行かまいが、他人にとっては些事だということを。けれど、このときのわたしには「行かない」という選択肢はなかった。衝動と見栄に背中を押され、こうして初めての海外一人旅はグアテマラに決定したのである。
スーパーネガティブモード
グアテマラ行きを決意すると、すぐに飛行機のチケットを取った。ビビって「やっぱり行くのや〜めた!」なんてことがないよう、自ら逃げ道を絶ったのである。
「春休みなにすんの?」「グアテマラに行く」「は??」が友人たちとの恒例の会話になるなか、わたしは努めて陽気に振る舞っていた。「まあ〜なんとかなるっしょ!」と、怖いもの知らずを装っていた。実際のところ、そんなことはまったく、1ミリたりとも思っていなかった。
なんとかなるわけないじゃんか…!!
治安は悪い。インフラも整ってない。食べ物もやばい。英語もほとんど通じない。調べれば調べるほど出てくる不穏な情報に、わたしはすっかり萎縮していた。出発の日が近づくにつれて憂鬱な気分になった。旅という行動に対して、かつてなくネガティブだった。それはもう、遺書まで書いたほどである。
この旅を乗り越えたら、きっとわたしはどこへだって行けるようになるはずだ…!
それだけを信じて、出発までの日々を過ごしていた。
旅立ちの日に
そしてとうとう出発の日が来てしまった。見送りに来てくれた母に涙目で別れを告げ、どんよりとした気分で飛行機の搭乗時刻を迎える。飛行機に乗り込み、自分の座席についた瞬間に予感した。
駄目だわ…墜ちるわ……
明るい音楽を聞いてテンションをあげようと思っても、墜落するイメージが頭をよぎる。久しぶりに座席備え付きの緊急時ガイドブックを開いた。泣きそうである。
もういいや…墜ちたら行かなくていいし……
救命ボートで日本に帰ろ……
墜落しても死ぬ気はない。後向きなんだか前向きなんだかわからない。こうしてわたしは悲観的に開き直り、心の平穏を取り戻したのである。
飛行機は定刻通りに離陸した。映画は6作品くらい観た。機内食も完食。そして爆睡。気づけば、快適な空の旅を普通に満喫していた。
どきどきトランジット
墜ちると思っていた飛行機は、何事もなくヒューストン空港に到着した。日本からグアテマラへの直行便はないため、アメリカで乗り継ぎをしてグアテマラへ向かう。次の飛行機の搭乗までは一時間しかなかった。短い、短すぎる。もし遅延していたらどうするつもりだったのか。
なんとか時間内に搭乗ゲートまで辿り着き、ほっと一息ついたところだった。ベンチに座って空港アナウンスを右から左へ聞き流していると、何やら聞き慣れた音が聞こえてきた。
「アサウミ〜アサウミ〜プリーズカムトゥチェックインカウンタ〜」
え!?名前呼ばれてる!?
広大なヒューストン空港に響き渡る自分の名前。心臓が跳ね、反射的に立ち上がっていた。隣に座っていたラテン系のお兄さんが「お、アンタのこと?」みたいな顔でこっちを見ている。
緊張の面持ちで呼び出しカウンターへ向かうも、用件は大したことなかった。どうやらわたしが搭乗ゲートまでちゃんと来ているかを確認しただけのようだった。お騒がせである。
こうして飛行機への搭乗が始まり、列に並んでいると不意に後ろから日本語が聞こえてきた。グアテマラに行く日本人が自分だけではないことに、なんだかとても安堵した。
ついに到着
日本出発から16時間、ついにグアテマラに到着!
入国審査官のおじちゃんがニコニコの笑顔で「ウェルカムグアテマラ〜!」と迎えてくれた。入国審査史上、最もフレンドリーな対応に驚く。そして同時に、わたしをグアテマラに導いたおっちゃんの笑顔が脳裏をよぎった。
グアテマラのおっちゃんは良い人=グアテマラは良い国
この仮説はあながち間違っていないのでは…!?と、早くも思い始める。
到着ロビーを出ると、旅行者の名前が書かれたプラカードを掲げている人がたくさんいた。そのなかに日本語で「あさうみ」と書かれた紙を持っている青年がいた。
「Hola…! Yo soy asaumy…!」「アサウミ!グアテマラへようこそ!さあ行こう!」
頑張ってスペイン語で声をかけたのに、普通に英語で返された。ちょっと恥ずかしい。
空港から目的地のアンティグア・グアテマラまでは車で一時間ほど。自力で向かうにはハードルが高かったので、事前に送迎サービスを頼んでおいてよかった。車窓から流れる景色を眺めながら、これからはじまるグアテマラでの日々に思いを馳せる。
出発前に感じていた孤独と不安は、車内に流れる爆音ラテン音楽のおかげ(せい)で、自然と和らいでいた。