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【ピースボートの終着点】トーキョー・リローデッド

ピースボートで行く世界一周の旅。旅が終わって思うこと。

※当時の文章をそのまま公開しています。センチメンタルな文章で恥ずかしいのですが、これも思い出だと思って…

世界一周の船旅から帰ってきて三週間が経った。
三カ月半ぶりの東京は、殺意さえ感じる猛暑と凄まじい台風が代わる代わるにやってきて、なんだかもうめちゃくちゃだった。近所の商店街には風鈴がこれでもかというほどぶら下がり、鈴の音の大合唱は涼を通り越してただただ喧しい。肌にまとわりつくようなじっとりとした空気に眉をひそめた。

一方、久しぶりの我が家はありえないほど快適だった。安寧の空間。冷房の効いたリビングでアイスをかじる。ソファにふんぞり返って録画したアニメを片っ端から観る。食べて、寝て、食べて、寝て。そんな日々を過ごしているうちに、だんだんと自分の中からあらゆる気力が抜け落ちていくのがわかった。

「怖いんだ。船を降りたら全部元どおりになっちゃうんじゃないかって、すごく怖い」

別れ際にそうぽつりと呟いて、頰を濡らしていた船友の顔がよぎる。あのときわたしは「大丈夫だよ」と言った。何が大丈夫だ。恐れていた状況に片足を突っ込んでおいて、どうして大丈夫なんて言えたのか。

このままでは駄目だと思いながら、何もする気にはなれない。朝起きて、窓から見える景色に辟易する。無個性な家々とアパートとマンション。雑居ビルに高層ビル。その間からようやく見える空。無気力を環境のせいにするのは言い訳でしかなくて、そんな自分に嫌気がさす。

船旅中、毎日のように見ていた空と海のパノラマは遠い彼方で、世界一周はずいぶん昔の出来事のように思える。あの美しい青の世界は本当に同じ地球上に存在していたのだろうか。東京の空には透明なフィルターがかかっているような気がして、純粋な青空には見えなかった。

夜、愛犬の散歩をする。無機質な箱庭のような街から空を見上げる。街灯に照らし出された無数の電線。星はない。センチメンタルな気分でとぼとぼ歩いて、秋を予感させる鈴虫の音色に少しだけ心が救われる。

ぽつぽつと、四角に縁取られた住宅の光を横目に、そこに住まう人間に思いを馳せる。この光の中にいる人はどんな暮らしをして、何を思い、何に幸せを感じるのか。いろんな人生に自分を投影してみるのが一種癖のようになっていた。理想の人生を探し求めるような、そんな深層意識があったのだと思う。

「此処に居たい」「何処かに行きたい」アンチテーゼが心を渦巻いている。わたしの理想はどちらの先にあるのだろう。きっと、どちらを選んでも正しい。でも旅を終えて思うのは、後者は前者よりも少しだけ自分を幸せにするということ。

何処かに行くというのは、ときに険しい。約束されたレールから外れるというのは、つねに難しい。世間体や社会の常識、あらゆるしがらみを振り払って進まなければならない。
それでも今は進もうと思う。安定を望むのは、もっと先でいい。

溜め息のような深呼吸を一つする。東京から、もういちど始めよう。

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