2017年2月、成田空港。
アメリカ・ヒューストン行きの飛行機の搭乗を待ちながら、私は不安と孤独に打ちひしがれていた。
もくじ
旅のきっかけ
さかのぼること半年前──。
大学二年生だった私は、その日、とあるバラエティ番組を見ていた。
その番組は、日本文化に憧れている外国人を日本に招待して密着取材をする番組だった。
「世界に誇れるスゴイ日本!」を賛美しようという番組意図をうっすらと感じて、私はやや冷めた気分で眺めていた。
その日の放送回は、グアテマラという国からやってきたおじさんが出演していた。
グアテマラ。
グアテマラときいて真っ先に思い浮かべるのはコーヒーだろうか。
ラテンアメリカの国ということは知っているが、具体的にどこにあるのかは分からない。
中南米にあるコーヒー豆の産出国。なんとも希薄な印象だった。
グアテマラからやってきたおじさんは、念願の日本を訪れてこれでもかというほどはしゃいでいた。
訪れた先々で心を躍らせ、出会った人々に感謝を告げる。何度も何度も「ありがとう」と口にする。
イイ話ダナ〜で終わる、ありがちな展開だったのだが……
グアテマラのおっちゃん、めっちゃ良い人じゃん…!
斜に構えて観ていたはずの番組にすっかり見入ってしまった私は、どういうわけか異様なまでに感動していた。
日本のスバラシサに感動したのではない。
たぶん、おっちゃんの善性のようなものに惹かれたのだと思う。
グアテマラのおっちゃんは良い人=グアテマラは良い国
あまりに安直な思考のもと、私はTwitterを開くと一言だけツイートした。
「こんどの旅はグアテマラにするわ!」
翌日Twitterを確認すると、そのツイートに思いのほかたくさんの「いいね!」がきていた。
何事も時間を置いてみると、冷静に考えられるものだ。
グアテマラのおっちゃんに感激して、衝動的にツイートしてしまったことを私は後悔した。
これでグアテマラに行かなかったら、ダサくない…?
──分かっている。
私がグアテマラに行こうと行かまいが、他人にとっては些事だということを。
けれど、このときの私には「行かない」という選択肢は見えていなかった。
衝動と見栄に背中を押され、こうして初めての海外一人旅はグアテマラに決定したのである。
スーパーネガティブモード
グアテマラ行きを決意すると、私はすぐに飛行機のチケットを取った。
ビビって「やっぱり行くのや〜めた!」なんてことがないよう、自ら逃げ道を絶ったのである。
「春休みなにするの?」「グアテマラに行く」「は??」が友人との恒例会話になり、私は努めて陽気に振る舞っていた。
「まあ〜なんとかなるっしょ!」と、怖いもの知らずを装っていた。
実際のところ、そんなことはまったく、1ミリたりとも思っていなかった。
なんとかなるわけないじゃんか…!!
治安は悪い。インフラも整ってない。食べ物もやばい。英語もほとんど通じない。
調べれば調べるほど出てくる不穏な情報に、私はすっかり萎縮していた。
出発の日が近づくにつれて憂鬱な気分になった。
旅という行動に対して、かつてなくネガティブだった。それはもう、遺書まで書いたほどである。
この旅を乗り越えたら、きっと私はどこへだって行けるようになるはずだ…!
それだけを信じて、出発までの日々を過ごしていた。
旅立ちの日に
そしてとうとう出発の日。
見送りに来てくれた母に涙目で別れを告げ、どんよりとした気分で飛行機の搭乗時刻を迎える。
飛行機に乗り込み、自分の座席についた瞬間に予感した。
駄目だわ…墜ちるわ……
明るい音楽を聞いてテンションをあげようと思っても、墜落するイメージが頭をよぎる。
久しぶりに座席備え付きの緊急時ガイドブックを開いた。泣きそうである。
もういいや…墜ちたら行かなくていいし……
救命ボートで日本に帰ろ……
墜落しても死ぬ気はない。後向きなんだか前向きなんだかわからない。
こうして私は悲観的に開き直り、心の安寧を取り戻したのである。
飛行機が定刻通りに離陸する。
映画は6作品くらい観た。機内食も完食。そして爆睡。
気づけば、普通に快適な空の旅を満喫していた。
どきどきトランジット
墜ちると思っていた飛行機は、何事もなくヒューストン空港に到着した。
日本からグアテマラへの直行便はないため、アメリカで乗り継ぎをしてグアテマラへ向かう。
次の飛行機の搭乗までは一時間しかなかった。短い、短すぎる。もし遅延したらどうするつもりだったのか。
なんとか時間内に搭乗ゲートまで辿り着き、ほっと一息ついたところだった。
「アサウミ〜アサウミ〜プリーズカムトゥチェックインカウンタ〜」
ベンチに座って空港アナウンスを右から左へ聞き流していると、何やら聞き慣れた音が聞こえてきた。
え!?名前呼ばれてる!?
心臓が跳ねた。反射的に立ち上がっていた。
隣に座っていたラテン系のお兄さんが「お、アンタのこと?」みたいな顔でこっちを見ている。
緊張の面持ちで呼び出しカウンターへ向かうも、用件は大したことなかった。
私が搭乗ゲートまでちゃんと来ているかを確認しただけのようだった。ギリギリですみません。。
こうして飛行機への搭乗が始まると、不意に後ろから日本語が聞こえてきた。
グアテマラに行く日本人が自分だけではないことに、なんだか安心した。
ついに到着
日本出発から16時間、ついにグアテマラに到着。
入国審査官のおじちゃんがニコニコの笑顔で「ウェルカムグアテマラ〜!」と迎えてくれた。
入国審査史上、最もフレンドリーな対応にびっくりする。
到着ロビーを出ると、旅行者の名前が書かれたプラカードを掲げている人がたくさんいた。
そのなかに日本語で「あさうみ」と書かれた紙を持っているイケメンがいた。
「Hola…! Yo soy asaumy…!」
「アサウミ!グアテマラへようこそ!さあ行こう!」
頑張ってスペイン語で声をかけたのに、普通に英語で返された。ちょっと恥ずかしい。
空港から目的地のアンティグア・グアテマラまでは車で一時間ほど。
自力で向かうにはハードルが高かったので、事前に送迎サービスを頼んでおいてよかった。
車窓から流れる景色を眺めながら、これからはじまるグアテマラでの日々に思いを馳せる。
出発前に感じていた不安と孤独は、車内に流れる爆音ラテン音楽のおかげ(せい)で、自然と和らいでいた。
